低空飛コウ

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【感想】映画『パンとバスと2度目のハツコイ』を観ました。

今泉力哉監督の映画『パンとバスと2度目のハツコイ』を観てきました。


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主演は深川麻衣さん。初主演!いやー、ほんとうれしい。いつか映画にも出るだろうなと思っていましたが、いきなり主演でしかもあんなにテレビとか雑誌とかいろいろ出てくれるとは。どれも深川さんらしい安心感にあふれていてよかったなぁ。深川さんは本当にタフだと思います。


さて、映画についてです。今泉監督の作品は乃木坂46の個人PVくらいしか見たことがありませんでしたが、どれも好きな作品で。今回、深川さんの映画の監督と知ってとてもうれしかったのを覚えています。

「私をずっと好きでいてもらえる自信もないし、ずっと好きでいられる自信もない」と、独自の結婚観を持ち、パン屋で働く市井ふみ(深川麻衣)が、中学時代の“初恋”の相手・湯浅たもつ(山下健二郎)とある日偶然再会したところから物語は始まる。プロポーズされたものの、結婚に踏ん切りがつかず元彼とサヨナラしたふみと、別れた奥さんのことを今でも想い続けているたもつが織りなす、モヤモヤしながらキュンとする“モヤキュン”ラブストーリー。

映画『パンとバスと2度目のハツコイ』公式サイト より


日常を淡々と、時にドラマチックに描いていて、終わってからもじんわり笑顔で余韻を噛みしめたくなる映画でした。映画館で聞く日常のリアルな音って何であんなにいいんだろう。登場人物たちの繊細な気持ちの描写がとてもすんなり入ってきて好きでした。目線、立ち方、声のトーン…。はっきり言葉で示さなくても伝わる感情ってあんなにあるんだなと思いました。人を思い合うことの温かさが詰まっている気がしました。どの場面でも最終的な解釈を観客に委ねるというつくり方も面白くて、何度も観に行きたくなる映画です*1



映画『パンとバスと2度目のハツコイ』予告編


では、ネタバレを含んだ感想を。



「それは正しいけど、正しいだけだよ」

映画はふみの働くパン屋のシーンから始まります。一番最初、パンが焼かれるオーブンが開いて深川麻衣さんが現れる瞬間。深川さんの映画が始まったというワクワク感を一気に高めてくれるあの始まり方がとても好きでした。

そしていきなりの同僚フランスパン殴打事件。この映画の中で一番の衝撃が冒頭で…!同僚は不倫をしていたため相手の奥さんから殴られたのでした。そのあと同僚とお茶しながら「不倫はやっぱりダメだよ」と話すふみですが、同僚から「それは正しいけど、正しいだけだよ」と言われてしまうのです。

正しいことが必ずしもその状況での正解とは限らない。この映画では一貫して物事は一通りではないということを突き付けてきます。○○だから■■とか絶対にそうなるということはたぶんない。この場面で「付き合ったり、結婚したりしてないからずっと一緒にいられるのかな」と同僚に言われて、最初は理解できなかったふみですが、次第に自分が実感を持ってこの言葉と向き合っていくのも好きでした。

「私をずっと好きでいてもらえる自信もないし、ずっと好きでいられる自信もない」

ふみには2年付き合っている彼氏がいて、ついにはプロポーズされます。夜景の見えるレストラン。パカッと現れる婚約指輪。爽やかな笑顔の男性。どれも何だか理想的ですが、ふみは戸惑ってしまいます。そして結局「私をずっと好きでいてもらえる自信もないし、相手のことをずっと好きでいられる自信もない」という理由で断ってしまうのです。

この先どうなるかなんて誰にも分からないし、自分のことでも「絶対」なんてない。私自身もこういう風に考えることがよくありますが、それでも今一緒にいたいとか強く思える衝動があれば振り切れるのかなと思ったりします。正直ふみと彼氏はなぜ付き合ってたんだろうかと疑問に思えるほどズレがあった*2ので、こうなっても仕方なかったのかなぁなんて。

プロポーズを断った後にふみが婚約指輪を何気なく左手の薬指にはめてしまって「あ、ごめん今のは違うの…」と改めて断る場面はとぼけてて面白かったな。こういうユーモアのある場面が散りばめられているところもこの映画の好きなところです。

「それを怠らなければ失明することもない。それを怠らなければ」

ふみは緑内障を患っていて、右目の右上の視野が欠けています。この設定は事前に全く知らなかったので、出てきたとき驚きました。今泉監督はパンフレットの中でどこか完璧ではないことの象徴と話していましたが、誰もが病気じゃなくても何かしらを抱えて生きてるんですよね。淡々と。人からしたら重く見えることも自分の中ではそういうものとして普通に受け入れて生きているのかもしれない。

ふみは毎日1回決められた目薬をささなければ失明してしまう可能性があるわけですが、映画の中で1回だけ目薬を忘れる場面があります。そこでそれに気づいてさしてくれるのが妹の二胡。自分のことって割とどうでもよいというか、何しても自分の責任だと思えるけど、他人からするとそうではないんですよね。大事な人が大変になると気づいているのに何もしないのは耐えられない。目薬をさし忘れそうなことにすぐ気づいて、寝ようとしているふみに強引に目薬をさしに行く二胡を見て、本当にふみのことを大切に思っているんだなぁと感じました。

目薬をさす場面は画的にも印象的で、毎回真顔で涙を流しているように見える深川さんにドキドキしていました。

「職場で噂になってるぞ。パン食べながらバスの洗車じっと見てる若い女がいるって」

ふみは朝3時半に起きてパン屋に出勤し、働いて、帰宅途中に職場のパンを食べながらバスの洗車を見るという習慣があります。この“立ったままパンをもぐもぐして遠目にバスの洗車をながめるふみ”がとても好き。あんなかわいい子がしかもパンを食べながらじーっとバス見てたら目立つよなーと思ってたのですが、案の定あとでたもつからバス会社の人の間で話題になってたということが知らされてうれしくなったのでした。でもふみはそんな風に思われているなんて全く気づいていない。自分に自信がないというのもあって、ふみは自分のちょっとした独特さや魅力に対して無自覚なところがあるなぁと思います。そういうふみらしさが一番素直にこのシーンに表れている気がして好きなんですよね。

職場のパンを食べながらバスの洗車を見るという日常の中で、持っていたパン屋のビニール袋が突風で飛ばされるという少しイレギュラーなことが起こります。これがふみとたもつが再会するきっかけに。ビニール袋が飛ばされた瞬間スローモーションになって音楽が鳴り響く。日常から非日常への扉が開いたような演出がとてもよかったです。

「どうやったらほんとに好きな気持ちって伝わるんだろうな」

ふみとたもつはパン屋で偶然再会し、2人でご飯に行くことになります。たもつから名刺を渡されたあとにたもつの指のアップになって、指輪をしていないことを確認していたり、家に帰ってから名刺をながめていたところに二胡が帰ってきて、なんだかいつもと違う姉の様子にすぐ気づいてじーっと見つめて迫ったり。特に言葉での説明はなかったけど、明らかにふみがたもつのことを意識していると分かるのがすごいなと思いました*3。あと、たもつがふみに気づいたきっかけが深川さんの特徴的な口元のほくろ2つだったところに今泉監督の愛情を感じたなぁ。

そして、居酒屋の場面。久々に会った2人の距離感がなんとも絶妙です。話をしていく中でたもつがバツイチで子持ちであることが分かった後のふみの表情がすごくいい。衝撃が大きかったのを隠そうとして茶化してしまうのも分かる気がしました。どうして結婚したのか、たもつが話した内容は実際結構あるんじゃないかなと思ったり。ほんと愛情ってどうしたら想ってるそのまま相手に伝わってくれるんだろうね。

「私やっぱ今でもふみのこと好きだなって思うよ」

ふみがたもつと再会したことで、今度はもうひとりの同級生さとみと会うことになります。さとみは学生時代ふみのことが好きで告白もしている関係。そんなさとみが今は旦那さんも子どももいて幸せに暮らしていると分かった瞬間、ふみは涙を流します。何で泣いたのか自分でもわからないふみ。ふみはさとみが今幸せに暮らしていることがうれしかったんだと思います。でも同時に自分が特別だったはずなのに他の人にとられたような悔しさや寂しさもあったんじゃないかなぁ。

たとえ断ったとしても告白してくれた時点で自分にとっても相手が特別な人になる。これはふみがさとみと会う前に気合いを入れておしゃれをしていく場面からも分かります*4。だからさとみが「私やっぱ今でもふみのこと好きだなって思うよ」と言ってくれたことでふみはどんなに救われただろうと思いました。

もちろんさとみにとってもこの再会は一大事だったわけで。会った瞬間から学生時代に戻ったような明るい雰囲気を出しながら、あとで「もう一生会うことはないと思ってた」と話すさとみ。そこからの「よかったらまたたまに会おうよ。…会ってくれる?」って言葉の緊張感がもう!さとみを抱きしめたくなりますよね。再会できてほんとよかった。伊藤沙莉さんの絶妙な演技が光っていました。子どもを一緒に連れてきたのも一人じゃ耐えられそうになかったからかなぁなんて思ったり。今でもふみのことを大切に思っていて、二胡と同じくふみの変化にすぐ気づいちゃうさとみが好きでした。

「私はたぶん一人になりたくなっちゃう人なんだと思う。寂しくありたいんだと思う」

たもつに頼んで洗車中のバスに乗せてもらったふみ。口を少しぽかんと開けて興味津々でいろんなところを見るふみがとてもかわいらしい。今泉監督はふみがバスの洗車が好きな理由を自分の汚れた部分を洗いたいようなところがあるからと話していましたが、スローモーションで洗車場面を映して、外には虹が出ていたり、中にいるふみも一緒に洗われているように見えたりする演出は何だか神秘的でした。たもつにとっては日常だけどふみにとっては非日常。日常と非日常はすぐそばにある。これがラストシーンにもつながっていくんですよね。

ふみはバスの中でたもつに自分が孤独を求めてしまう人だと話します。コインランドリーの場面でも象徴的に語られる「孤独」。孤独とは何でしょうか。コインランドリーに現れた少年の話から考えると、誰からも本当には必要とされないことなのかなと思いました。「洗濯機が壊れた時だけここに来て、直ったらもう来ない」からコインランドリーという空間自体が孤独。おじいさんはもう来なくなったけど、私には必要だから洗濯機が直ってもまた来ると話すふみ。実は少年の話を聞く前にふみはもう来ないかもと言っていたのです。でも孤独に触れたいからコインランドリーにまた来ると考えが変わった。

何でふみが孤独を求めるのかというと、実際にはふみが孤独ではないからですよね。いかにふみがいろいろな人から想われているかということは映画の中で一番描かれている部分だと思います。半面、別れた奥さんのことを想い続け、実家も親ももう存在しないたもつはその雰囲気とは裏腹に孤独を纏っている。だからふみはたもつに惹かれ、たもつはふみの考え方が分からないんですよね。

「どうでもいいよ。本当かどうかなんてどうでもいいよ」

子どもへの誕生日プレゼントのためふみにパン作りを教えてもらうたもつ。たぶん映画の中でも一番2人の距離感が近くていい雰囲気なのに、一緒にいる目的が別れた奥さんと子どものためという複雑な状況。子どものことは何となく受け入れられても別れた奥さんへの想いには抵抗があるふみが、思いがけずたもつから別れた奥さんの話が出た瞬間、動揺してチョコペンで描いてる絵が少し歪んでしまう場面は何かリアルだなと思いました。そのあとの告白シミュレーションもなんなのあれ。ふみにとっては複雑すぎる時間。さとみが間に入ってくれたことで気持ちを紛らわせることができてよかったです。ありがとうさとみ!*5

パン作りが終わって帰る途中でたもつはふと更地を見つけます。元々は駄菓子屋があったけど全焼してしまったとのこと。その時一面に甘いにおいが広がっていたらしいというさとみの話に半信半疑なたもつ。するとふみが「どうでもいいよ。本当かどうかなんてどうでもいいよ。今私は感じたよ。甘いにおい」とめずらしく強い口調で言うのです。甘いにおいを感じるというのはそこに駄菓子屋があったという証明です。その場所にそのもの自体見えなくてもなかったことにはならない。ものでも気持ちでも「存在していた」という事実が大切だと思ったのかもしれません。これはたもつを救う言葉だったんじゃないかなぁ。

ふみは孤独を求める人ですが、孤独を必要とするということは孤独を孤独から解放するということでもあって。コインランドリーにしてもたもつにしても、ふみは孤独の救世主のように思えたりもするのです。

「知りたいって思ったのかも。お姉ちゃんの時間を」

ふみと同じく美大に通うために上京して居候する妹の二胡二胡は姉のことを知りたい気持ちもあって、姉の絵を描き始めます。絵を描くためにはその人のことをちゃんと見なければなりません。二胡は姉のことをじーっと見つめています。絵を描くときもそれ以外のときも。ふみのことを一番理解しているのは二胡なんじゃないかな。

ふみがコインランドリーから帰ったあとの場面が2度あるのですが、どちらも二胡がふみを真顔で見つめるのが印象的で。その内一度は見つめながら描いていた絵を青色でぐちゃぐちゃに塗りつぶしてしまいます。イライラしているようにも見える二胡。コインランドリーから帰ってきたふみはたぶん孤独に触れてその空気を纏っている。寂しくありたい姉のことを理解しながら、それはそれで何だか自分が寂しい。そんな気持ちだったのかな。最後、完成したふみの絵を見たたもつが「寂しいね」とぽつりとつぶやくのですが、どんな言葉よりも二胡が描いた絵を評価した言葉だったと思います。

そして、ふみと二胡がじゃれあう場面はこの映画の中でも一番のほっこりポイント!もうかわいくて仕方ない。ニヤニヤが止まらないの。二胡にとってふみが特別なように、ふみにとっても二胡が特別だと分かる近しい距離感がたまらなかったし、二胡にだけ見せるふみの顔や言葉が何だか大人っぽくて強かったのも好きでした。二胡を演じた志田彩良さんは妹らしいかわいらしさと姉を見つめる緊張感がすごくよかったなぁ。

「今分かったよ。片想いだからだよ!」

たもつに誘われて伊豆の大室山に行くことになったふみ。さとみと会うときに二胡と一緒に選んだのと同じ服を着て、ちょっと期待しながら出かけます。でも待っていたのは告白ではなく「ごめんなさい」の言葉。もうほんとたもつがひどいです。誠実すぎて何度もふみを振るたもつ。そりゃふみも感情的になるよねっていう。でもここで初めてたもつも中学時代ふみのことが好きだったと分かるのです。

さとみはたもつもふみのことを好きなのに気づいていたんだろうな。「好きだった人のこと、付き合わないで嫌いになれる?」はたもつのことも言っていたんだとここで気づかされました。山下健二郎さんが演じていなければ、たもつはもっと嫌な奴だったろうなと思います。思ったことをスパッと言えちゃう素直であっけらかんとした感じ。この場面以外でもたもつはずっとずるいけど、何か許せちゃう山下さんの説得力がすごかったです。

あと、大室山お誘い電話の時にふみはパジャマシャツで外に出て話しているのですが、これがめっちゃエロい。足とか髪型とかしゃべってる雰囲気とか。ここ以外でも割とエロポイントがあるんですよね。普段ほんわかしてるけど、深川さんには色気があるとよく感じるので、今泉監督分かってらっしゃる!とうれしくなったのでした。

「その魅力の本質を知ってしまっても、憧れ続けることができるのであれば」

大室山からの帰り道。パーキングエリアで2人はきれいなピンクがかった夕焼けを見ます。ここで気まずい雰囲気が少しほぐれる。「愛子さんと来れたらよかったね」「そうね」「ルクセンブルク」「お前、いじわるだな」のやりとりがとても好きだったな。何か2人の関係が一段階上がった感じ。そして、ふみはたもつに見せたいものがあると言って家に誘うのです。

家にはもちろん妹の二胡がいるので、ふみとしては大室山の仕返しみたいなところもあったのかなー。3人で過ごす部屋のぎこちない空気ったらなかったです。かわるがわるトイレに立ち、2人になる組み合わせで会話が変わっていく感じも面白かった。それから普通に過ごして、いつも通り起きたふみがたもつの寝顔を見つめる。たもつの顔を描こうとして、やめて結局「Alone Again (Naturally)」と書き記す。たもつのことを深く知る覚悟はまだできなかったのかなと思います*6

ふみがたもつに見せたかったのは青みがかった夜明けの空。ふみにとっての日常で、これが見たくてパン屋で働いているというくらい好きな景色。自分の大切な部分を見せられたのは大きかったんじゃないかなと思いました。たもつもそんな部分を見せてくれたから「付き合う?」なんて言っちゃったのかなーなんて。結局どっちが断ったんだか分からない状態で映画は終わりを迎えますが、2人の関係は始まったばかりなんですよね。その魅力の本質のほんのさわりの部分を知ったに過ぎない。

ふみが最後に着ている服がたぶん最初にパン屋に向かう場面と同じ服で、たもつと再会してからこれまでの非日常が日常に変わっていくことを示唆しているように感じました。これから2人がどうなっていくのか深川さんと山下さんでも意見が分かれていましたが、私は深川さんと同じく2人は時間がかかっても付き合うんじゃないかなと思っています。離れられないんじゃないかなー。もちろん願望も含まれていますが(笑)

おわりに

映画をこんなに何回も観たのは初めての経験で、作品を観ていろいろ考えるのも久々で楽しかったです。ようやく感想を書き上げたので、今泉監督の他の作品も観てみようと思います。楽しみ。

深川麻衣さんはとても普通に見えるのにふと特別な存在感を放つ瞬間があって、それが主人公「ふみ」という役にすごく合っていました。今回、映画の脚本は主演が深川さんと決まっていて、事前に今泉監督が深川さんと話した上で書かれたもの。深川さんの初めての映画が今泉監督で本当によかったなぁと思います。外見の魅力とともにすごく丁寧に深川さんの内面をすくってくれていて、ファンとしてこんな一面があったのかと気づかされる部分もありました。またいつか深川さんと今泉監督が一緒に仕事をする時を楽しみにしています。

*1:実際に何度も観に行きましたが、そういう意味での今泉監督の狙いもあるのかな(笑)

*2:この場面でしか見てないけど。この2人が付き合ったきっかけとかも見てみたい。

*3:宣伝で分かってたけど、映画の中ではまだ初恋の相手とは知らされていないんですよね。

*4:二胡目線でふみを着せ替えるシーンがとても楽しい。

*5:でもこの時のふみを見るさとみの表情も切ないんだー。

*6:たもつ自身のことも含まれているのかな。